さて今朝のテーマは「ちょっと考えとくわ」について。
昔は、といってもここ一〇年以内のことですが、
「日曜日みんなでポンポコ山に上るんだけど、一緒にどう?」
「あー、日曜日かー。ちょっと考えとくわ!」
と言えばそれは「おそらく私は行きません。誘ってくれて嬉しいけど」を意味していました。
「ちょっと考えとくわ」と言う方も、言われる方も、
そういうことで了解し、コミュニケーションが成立していました。
三重県の伊勢志摩地方という、国定公園というか、
壮大な森の手前にちょこちょこ人が10万人すんでいるという、
田園風景で牧歌的なぼくの郷土ではみんなそう思っていました。
今でもそういうことになっているはずです。
ところが近年、東京に移住してかれこれ10年弱になりましたが、
そういうリラックスしたコミュニケーションが破綻しはじめています!
ぼくのまわりで、そしてぼくの中でも。
「またあとで電話するね」=「ばいばい」的なノリを最近は自分でも理解できないし、
人にも理解してもらえなくて「ちょっといつ電話くるの!?」的に逆切れしたり、
されたりという経験が増えました。
記憶の糸をさかのぼってみると、伊勢志摩の森のなかでは「またあとで電話します」というのは、
「電話するかもしれないし、しないかもしれないし、そもそももう会わないこともあるかもしれないけど、いや、でも多分どうせ明日も会うでしょ、どうせあそこらへんで」
というような複雑なメッセージを含んでいた気がします。
そのようなやりとりにあったのは、
いつなにがおこるかわからないというある種の諦念と、
それでも会いましょう私たち、という未来への思いでした。
行く/行かない、電話する/しないとかそういうのは些末なことで、
人生もそういうのじゃなかったのに、、、、
まあ東京のせいではまったくなくて、
むしろ英語というかアメリカンなコミュニケーションになりつつあるんじゃないかと思ったりもします。
Yes or No. みたいにね。
ちょっとリラックスしようぜ、みんな。
深呼吸、日本。

行けたら行くわのが使うかも。確かに、最近は使わんくなったかも。
ReplyDeleteす、 げんきにしとる?たしかにむかしから行けたら行くわってずっと言っとったよな、きみ。でも考えてみたら「行けたら行くわ」って「我おもう故に我あり」的で正論すぎてやばいな、いい意味で。借りるわ。
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