1.30.2012

さしあたり直進

大寒かなんか知りませんが寒いですね。寒いので簡潔にいきましょう。前回の続き。

プサン君と日本の影について。ソウル嬢は頭の中で「日本」を消すことで、「韓国」として生きようとする。その一方でプサン君は韓国としてあるんだけど、「日本」を消していないし、また「韓国」と言い張っているわけでもない。だからその風景にも日本の記憶がソウルの何倍もありありと見られる。メーリスでいうならば、厄介なメールも全部目を通すが、別にそれで自分のペースを乱されるわけでもない。カルピス氏の件にあてはめると、「とりあえずビールっしょ?」「はいアサヒで!」




ソウル嬢とプサン君のこの違いはどこに由来するのか。

ソウルの方が首都としての自負と経済力がある。だから思うままにいける、ちょっと神経質ぎみだけど。逆にプサン君にいわせると「いや、そんなこといってる場合じゃないんで」。つまり彼は「忙しくて」そんなこと(日本の影とか韓国の主体性とか)考えてなかった。なにが忙しいって、1945年の解放後すぐに日本からの帰還同胞(数十万人)が釜山港におしよせてそのまま街に定着したり、大陸に住んでいた日本人がみんな釜山港経由で日本へ戻ったり。これだけでもテンヤワンヤだが、さらにおいうちがあって、次は50~53年の朝鮮戦争。惨禍を避けて南側の終点プサンに避難する人およそ70万人。そしてこの時期には臨時首都もここにおかれた。植民地期の建築物を壊すのじゃなくて、活用せざるをえないわけですね。ちなみに解放のだいぶ前ですが参考までに1927年の釜山人口はおよそ11万で、そのうち日本人36%朝鮮人63%だったようです。(橋谷弘「釜山・仁川の形成」)

なるほど。これだけ忙しいとメーリスごときで騒いでる場合じゃないし、むしろ多方面から意見を迫られたりして、メーリスで読んだ内容を拝借活用して「博識」になったりして、タフに生きていかなきゃならなかったりする。 このたびの連載のまとめとしては、実にいろんなタイプの人生があるということをいっておきましょう。ソウル嬢、プサン君、カルピス氏などの中でどれがクールかという議論もあるかもしれないが、「まずは自分のタイプ、立場を知ったうえで」そのまま直進するしかなさそうヨ、さしあたりは!


*写真は上から東亜大博物館(2011年9月)、慶尚南道々廳(釜山博物館『韓国近代視覚文化アーカイブ04』)、釜山市内(2011年9月)

2 comments:

  1. そうやったんや、ポリにあいたい。

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  2. きみいつからボリとfacebookともだちなん!?

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